アクタスが家具たちから学んだこと。

50年という時間のなかで、アクタスには特に忘れることのできないプロダクトがあります。
時代の道しるべとなった、大切な家具たちをご紹介しましょう。

樹齢92年のYチェア

ウェグナーさん、
こんなYチェアは
どうですか!?

「ヒット商品は、なにも新製品でなくとも生み出せる」というお話です。ハンス・J・ウェグナーが92歳で逝去した2007年。アクタスの商品開発チームは、彼と同じ歳の樹齢92年の木を使い、追悼のYチェアをつくることを思いつきます。
製造元であるカールハンセン社の社長のもとへ飛び、1914年に植えられたビーチ材を探し出して100脚の特別なYチェアをつくることを嘆願。結果、このYチェアは予約受付から1週間(!)という短期間で完売したのです。
ここで学んだのは、定番のプロダクトにも新しい価値を加えれば、お客様には「いま買う理由」を持っていただけるということ。ナチュラル仕上げのビーチ材にこだわったのは、「92歳のYチェア」ということだけに新しい価値のライトを当てたかったからでした。

ステファン・ヴェヴェルカの
クラスルームチェア

“ヘンタイ”は
ひとを感動させる!?

「アートとテクニックの融合」を掲げ、バウハウスのデザイン思想を継承するドイツのテクタ社。その社長、ブロホイザー氏からアクタスとの友情の証として届いたのが、世界に2脚しかないこの座れない椅子、「クラスルーム・チェア」でした。これはドイツの奇才、ステファン・ヴェヴェルカのアート作品。ブロホイザー氏が書籍で彼の作品に一目惚れし、自ら足を運んでデザインを依頼する間柄になったとか。とにかくデザインオタクのブロホイザー氏。こんな奇才を発掘したり、自ら椅子をデザインしたり、そしてミュージアムをつくったり。常に熱く、まっすぐなクリエイティブへのまなざしは、いまなお衰えを感じさせません。食にも服にも興味がなく、ただ美しいデザインを追求する日々。まさに“デザインのヘンタイ”は、私たちをいつも刺激し、魅了してくれるパートナーなのでした。

ミナ・ペルホネンのファブリックに
身を包んだスワンチェア

こんなのあり!?
皆川明さんの
スワンチェア。

「常識の壁を取り払うと、新しく見えるものがある」。そんなことを気づかせてくれたのが、この皆川明さんとのスワンチェアです。2003年、私たちは皆川さんと一緒にデンマークを旅します。そしてインテリアファブリックのトップブランドであるクヴァドラ社に彼を紹介することに。皆川さんが日本から持参した布片をデザインマネージャーに見せると、なんとクヴァドラ社のためのデザイン提供をその場で依頼されたのです。早速、アクタスはフリッツハンセン社に呼びかけ、「タンバリン」の柄に包まれたスワンチェアを発表します。まるで生きもののように柔らかな表情のスワンチェア。それは見慣れたヤコブセンの名作家具が、全く新しい家具に生まれ変わった瞬間でした。

ハンス・J・ウェグナーの
ジャパンチェア

美しい家具を
つくりたくて、
つくりたくて。

「思いは届く!」ということを、身をもって知った出来事です。アクタス初の公共施設事業となった、熱海の「MOA美術館」。私たちはデンマークへ赴き、名だたる家具メーカーに協力を仰ぎます。「とにかく美しく、上質で、長く愛される家具が、この日本の美術館には必要なのだ」と。その様子は現地の新聞にも大きく取り上げられ、程なくあるデザイナーから連絡が入ります。なんとそのデザイナーの名は、ハンス・J・ウェグナー(!)。新聞記事を見て、本人その人が「ぜひ自分も参加させてほしい」と申し入れてきたのです。そして試作を繰り返しながらようやく誕生したのが、美術館のVIPサロンに鎮座する「ジャパンチェア」。思いはカタチとなり、同時にアクタスの名を欧州に知らしめた名作となったのでした。

今も山の上ホテルで使われている
バットネ社のソファ

何人の文豪が、
ここから名著を
生み出した?

東京・御茶ノ水の高台に位置し、文化人のホテルと称される「山の上ホテル」。そのクラシカルなロビー空間で、いまなお活躍し続けているソファがあります。それは1973年、アクタスの前身である「青山さるん」がこのホテルのために納入した、ノルウェー・バットネ社のソファ。幾度となくメンテナンスが施され、半世紀にわたる使用に耐えてきたレザーとローズウッドの躯体は、経年良化によっていまや山の上ホテルの顔になっています。それは長い時間のなかで建築空間の一部となるとともに、このホテルを行き交う人々を結びつけてきました。多くの文人たちと編集者、政財界の人々、企業人…、そしていまを生きる私たちアクタスのメンバーとホテルスタッフの方々を結びつける、太くて長い糸にもなってくれているのでした。

リビング学習のための
Varioシリーズ

ママの声から育った
子ども家具。

「欲しいこども用の学習机がないので、つくってもらえませんか?」。アクタスのこども家具は、こんな一通のハガキからはじまりました。時を同じくして、朝日新聞にこんな記事が。「個室より家族の気配があるリビングでこそ、こどもは安心して学ぶことができる」。私たちはこどもたちの学習環境について調べ、単なるプロダクトではなく、親と子が一緒に過ごしながらも、こどもの学習を中断させない環境としての学習机「Vario」を提案します。「きのう、わたしのべんきょうづくえがとどきました。うれしくて、ながいあいだぬりえをしていました。わたしがおとなになっても、だいじにつかいます」。これは、前述のハガキをいただいたご家庭のお子さんが、学校で書いたという作文の一部。私たちが育てたママの思いは、見事に彼女へと届いたのでした。

ポラダデザインアワード
第2回最優秀賞受賞作

名もなきデザイナーを
表舞台へ。

「日本には、こんなにたくさんの優秀な家具デザイナーがいたの!?」。それは「ポラダデザインアワード」を通じて、私たちが最も衝撃を受けたことでした。1998年、アクタスはイタリア・ポラダ社の卓越した技術力とそのブランドを広めるために、家具のデザインコンペを開催します。しかしながらここで感じたことは、才能や熱意がありながらも、ある意味で表舞台に出てこれていない人の多さ。彼らを国際的なデザイン舞台に送り出したいという思いから、第3回からは国際コンペに変更し、裾野を広げました。最優秀賞はポラダ社の工房で実物が製作され、ミラノサローネへ出品されます。「隠れた才能を世に送り出すこと」。それもまた、インテリアに関わる私たちの仕事だという思いを強くしたチャレンジです。

ワーナーの
シューメーカースツール

このスツール、
世紀の発明品?

こんなロングセラーを、私たちはほかに知りません。16世紀のデンマーク、農民達が牛の乳絞りに使っていたとされる3本脚の椅子。石畳や外での作業の際も、3点で支えることでガタツキを抑えることができました。17世紀になり、その座り心地の良さに気づいた靴職人たちが、より快適に座れるよう座面を削って使ったとか。そして1970年代はじめに製作をはじめたのが、現在のオーナーであるラース・ワーナーの父親でした。このシューメーカースツールを製作できるのは、もはや世界でもラースさんただひとり。家族経営の小さな工房から、どんな年齢、どんな体型のひとでも心地いい、奇跡のような椅子を生み出しています。ひたすら機能を追求することから発明されたマスターピース。その潔さに感動です。

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