モダンインテリアが
日本の暮らしになじむまで、
七転八起50年の物語。

1969年7月26日、アクタスの前身である「湯川さるん」が東京青山にオープンしました。
大阪の天下茶屋の家具店の、社内ベンチャーのようにして始まった
ヨーロッパ家具の輸入販売店が、IKEAを経て、ACTUSになりました。
インテリアが大好きな人たちが日本中から集まって日本のインテリアを変えようとした
50年間の、ジェットコースタームービーのような歴史を一緒に振り返ってみませんか?

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日本のモダンインテリアの
歴史はここから始まりました。

1965年。後にアクタスの創業メンバーとなる大阪「湯川家具」の若手社員が、京都の国立近代美術館を訪れたときから、アクタスの時計が回り始めます。
インテリアという言葉がまだ日本に定着していなかった頃のことです。

青山通り(国道246号線)に面した「湯川さるん」のオープン当初の外観。地下1階から6階までの7フロアが湯川さるん。8階建ての最上階がオーナーの事務所で、7階は作曲家神津善行氏のオフィスでした。

アクタスの前身は、大阪の天下茶屋にあった「湯川家具」という家具店です。婚礼ダンス中心の一般的な家具店で、社長は総合家具センターを持つことを目標とする好奇心旺盛な人物、湯川幸治氏でした。
1965年のある日。湯川家具に入社して3年目の若い社員が、京都国立近代美術館を訪れました。開催されていたのは「現代ヨーロッパのLiving Art展」。そのタイトルに惹かれて美術館に入った若手社員は大きなカルチャーショックを受けました。展示されていたのは、のちに映画「2001年宇宙の旅(1968年公開)」でも使われた未来的なデザインのソファや、ノルウェー・ウェストノファ社のイージーチェアなど、日本では見たことのないものばかり。その素晴らしさに感動したその社員は、翌日、「社長、とにかく京都に行ってください!」と湯川氏に訴えました。
その熱意に押され、自身も美術館を訪れた湯川氏はその社員以上に興奮。なんとノルウェーとデンマークへ、家具の買い付けに行くことを決めたのです。1ドル360円という固定相場で、輸入ビジネスには逆風だった時代にいち早くヨーロッパに目をつけ、英会話はもちろん、貿易のノウハウもないまま向かったというのだから驚きです。
北欧に一週間滞在した湯川氏。帰国後に社内向け出張報告会を行いましたが、そもそもカメラも持っていかず、おまけに買い付けした商品の控えもなし。社員たちは何がやってくるのか全くわからない。ただ、「とにかく素晴らしい国の、素晴らしい商品がやってくる」という社長の熱い思いだけは伝わってきました。その後、ようやく届いた商品は湯川氏の熱意も納得できる、価格もデザインも見たことのないものばかり。今の貨幣価値に換算すると、1脚200万円もするリクライニングチェアもあったと言います。この買い付けを機に、湯川家具は新たなステップを踏み出しました。 

ヨーロッパ家具・湯川さるん(その後、店名を青山さるんに変更)がオープン翌年に実施した「ヨーロッパ100社新作展」の朝日新聞全15段広告。
デザインしたのは、1964年の東京オリンピックのポスター制作にフォトディレクターとして参加した、ライトパブリシティのアートディレクター・村越襄さんです。(オリンピックのポスターとして世界で初めて写真を使用したことで有名)
創業メンバーたちの想いを聞いて村越さんが考えたメインビジュアルは、デンマークから届いたストリングチェアをつたって、新しい時代に向おうとする躍動的な猫の姿でした。
店名の左に配置されている鳩のロゴマークも村越さんのデザインです。このロゴマークは「青山さるん」が閉店する1994年までお店のエントランスを飾っていました。

そして1968年、ヨーロッパ家具の輸入という新しいテーマに挑み始めた湯川氏は、のちに社長となる桐山東一郎氏と共に次の出店目標である東京へ出掛けました。具体的な計画はなかったものの、「参考までに東京の家賃相場を聞いてみよう」ということになり、一軒の不動産屋に立ち寄りました。そこで紹介されたのが表参道駅から徒歩8分の青山通りに面した新築ビル。1フロア25坪の8階建てで、地下1階から6階までがすべて空いているとのこと。ビルの名前は日本風土ビル。その名の通り「日本の風土を継承するビルに」というオーナーの願いが込められており、「上質なヨーロッパの家具を取り入れることで、日本の住まいを豊かにしたい」という湯川氏のビジョンとも共鳴。湯川氏は、その場で7フロア全ての契約を決定したのです。
そして翌1969年、資本金2000万円で湯川美術品株式会社を設立し、同年7月26日「湯川さるん(後に店名を青山さるんに変更)」がオープンしました。この湯川さるんの内装には、東京・六本木のカフェ「アマンド」を手掛けた新進のデザイナーを起用。フロアごとにコンセプトが異なるという独創的なものでした。例えば地下1階のコンセプトは「白い砂、光る貝」。新島から取り寄せた白砂で床を埋め尽くし、壁面には花崗岩を使用。お客様にくつろいでいただくためのバーカウンターもありました。ここにはスチールやアクリル素材のスツール、そしてアルテミデ社の照明などを展示。白い砂の上に浮かび上がるかのような商品と、下から照明を浴びたカウンターの大理石が相まって、何とも幻想的な雰囲気でした。(砂の床はハイヒールを履いたマダムには不評でしたが)
他の階の内装もフロアごとに異なるユニークなアイデアで、来店されるお客様に旅をするかのような楽しさを演出。北欧家具を中心に、イタリアのカッシーナやB&B(当時の社名はC&B)、フロス、ダネーゼといった、世界のモダンデザインを牽引する一流ブランドが贅沢に展示されていました。

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