ACTUS(アクタス)

Feature特集

ドイツの田舎町ローウェンフォルデの「魔女の館」から
TECTAの新たな定番家具が届きました。

1919年に開校し、1933年に閉校されるまでのわずか14年間の期間ながら今日の建築・デザイン界に決定的な影響を及ぼしている総合芸術教育機関「BAUHAUS(バウハウス)」。
ドイツの「TECTA(テクタ)」社は、1972年の創立以来、考え抜かれた機能性を持つバウハウスのオリジナル家具と、その思想を現代の解釈でデザインした家具を作り続け、バウハウスのデザイン哲学を現代へと継承しています。 TECTAを経営するアクセル・ブロッホイザー氏は、冷戦当時の旧東ドイツで危険思想と見なされていたバウハウスへ傾倒し、西ドイツへ亡命。旧西ドイツのローウェンフォルデへと辿り着きました。
その後、現地で家具工場を営んでいたTECTA社を引き継ぎ、バウハウスの家具を次々と復刻。今日までブランドを牽引してきました。
その軌跡から「バウハウス最後の目撃者」とも称されていまるブロッホイザー氏が、研究の一環として集めた貴重なコレクションが惜しげもなく展示されている自邸は、著名建築家が設計したものですが、その異風な佇まいからドイツ語で「魔女の館」を意味する「HEXEN HAUS(ヘクソン・ハウス)」と呼ばれています。
アクタスで開催する「TECTA / HEXEN HAUS」では、ブロッホイザー氏がヘクソン・ハウスで実際に使用している「M21テーブル」と「K22サイドテーブル」の特別バージョンが登場します。 TECTAを代表するモデルの最新版をはじめ、バウハウスのデザインスピリットを継いだ定番コレクションにもご注目ください。

写真左)HEXEN HAUSの外観。家の中に居ても周囲の自然を取り込めるよう窓が多く穿たれています。建物には緑が生い茂り、周りの風景に溶け込でいます。 写真中)奥に設えられたカラフルなシェルフは、シャルロット・ペリアンがデザインした貴重なもので、美術館クラスの名品の数々が日用品として使われています。 写真右)ブロッホイザー氏の寝室の壁や天井など、至るところにアートが備え付けられ、日常生活でも常にインスピレーションを求めています。

名作テーブルM21の新作は、
白をベースにした柔らかな2トーンです。

ジャン・プルーヴェなど数々の巨匠たちとブロッホイザー氏との出会いから生まれたTECTAを代表するテーブル。 有機的なフォルムを描く天板は、着座する人数を限定することなく、微妙な視線のズレをもたらすことで心理的な圧迫感を逃がしてくれます。
アッシュ材で作られた天板を白く塗装し、小口にはナチュラルなチェリー材が巻きこまれた2トーンの特別仕様は、ブロッホイザー氏がヘクソン・ハウスで実際に使用しているものです。
さらに、サイズバリエーションとして、コンパクトなサイズの「M21─1」と、さらにもう一回り小さな「M21─2」も同じ仕様で登場します。

M21 design. TECTA 
material. Ash, Cherry, Glass

M21 Table
size. w175 / d137 / h75cm

【フェア特別価格】¥420,000(+tax)

M21–1 Table
size. w154 / d113 / h74cm

【フェア特別価格】¥410,000(+tax)

M21–2 Table
size. w132 / d101 / h73cm

【フェア特別価格】¥280,000(+tax)

ロングセラーのサイドテーブルが
軽やかに、移動しやすくなりました。

アメリカの彫刻家、アレクサンダー・カルダーが発明した動く彫刻「モビール」の形状にヒントを得た昇降式のサイドテーブル「K22」。そのK22サイドテーブルに、キャスターの付いた新モデルが登場します。
支柱に対して天板がせり出したコの字型にデザインされているので、ソファやベッドの下に差し込んで、手元との距離を近くして使えるのが魅力。
また、テレワークをする人が増える中、天板にPCを拡げさえすればご自宅のどこでも気軽に仕事ができることからも支持を集めています。
昇降機能に、キャスターが生み出す可動性が加わったことで、さらに機動性が高まるとともに、カルダーのモビールのような浮遊感を実現しました。

K22R Side Table
design. TECTA 
material. Walnut

K22R Side Table
design. TECTA 
material. Walnut

K22R Side Table
size. w66 / d45 / h53–83cm

【フェア特別価格】¥72,000(+tax)

※実物は写真と異なります。実際の天板には縁がありません。

「より少なく、もっと美しく」を体現した
20世紀の巨匠による名作チェア。

20世紀の四大建築家に数えられ、バウハウス最後の校長を務めたミース・ファン・デル・ローエによって1920年にデザインされたチェア。
彼の名言として知られる「Less is More(より少なく、もっと美しく)」を体現したこの一脚は、それまでは直角であったカンティレバーのレッグを弧状にカーブさせるという極めてミニマルなデザインながら、他に並ぶことのない不朽の名作として今日でも作り続けられています。
ミースがこのチェアをデザインした当時と同じ、籐張りでの登場です。

B42 design. Mies van der Rohe material. Natural Cane, Steel

B42 Chair
design. Mies van der Rohe 
material. Natural Cane, Steel

B42 Chair
size. w49 / d74 / h81 / sh45cm

【フェア特別価格】¥170,000(+tax)

ワーキングにもダイニングにも、
しなやかな座り心地で応えます。

1981年にデザインされてから四半世紀にわたり形をかえることなく作り続けられているTECTAのロングセラー。
後ろ脚のないカンティレバー(片持ち)構造は、着座したときの体圧をしなやかに受け止めてくれるので、長時間座っていても疲れにくい座り心地を提供します。
今回は、背もたれとシートを天然の籐で編んだモデルを特別価格でご用意しました。

B20 design. TECTA material. Natural Cane, Steel

B20 Chair
design. TECTA 
material. Natural Cane, Steel

B20 Chair
size. w50 / d59 / h92 / sh47cm

【フェア特別価格】¥122,000(+tax)

バウハウスのモダニズムを
現代の解釈で心地よく蘇らせました。

2020年の新作チェアは、TECTAのデザインを数多く手がけているドイツ人デザイナー、ウォルフギャング・ハーターによるカンティレバーチェアです。
一本のスチールが、シート下部からアーム、レッグへと一筆書きのように繋がっていくフレーム構造と、ボリュームのある背もたれにより、身体をしっかりとホールドする快適な座り心地を体感いただけます。

D9 Chair
design. Wolfgang Hartauer 
material. Fabric, Steel

D9 Chair
size. w60 / d52 / h80 / sh46.8cm

【フェア特別価格】¥110,000(+tax)

惑星の名を与えられた
光る彫刻。

バウハウスで建築を学んていたイスラエル人建築家Arieh Sharon(アリー・シャロン)がこの前衛的デザインのランプをデザインしたのは1926年、ヨゼフ・アルバースに師事していた頃のことです。
円周状にカットされた一枚のスチールを立体的に折り曲げて成形されたいかにもバウハウスらしいデザインですが、ベース部にはガラスを用いているためやわらかな印象を与えます。
LEDの光源からシェードに乱反射する光が、まるでアートピースのような照明です。

L61 Saturn Lamp
design. Arieh Sharon 
material. Steel, Glass

L61 Saturn Lamp
size. w24 / d24 / h80cm

【フェア特別価格】¥88,000(+tax)

TECTA社の共同経営者で、バウハウスの生き字引とも称されるアクセル・ブロッホイザー氏は、1943年、旧東ドイツのギュストロで家具工場を営んでいる家庭に誕生しました。
若き日に、バウハウスのペーター・ケラーがデザインした「カンディンスキーのゆりかご」という家具に衝撃を受け、バウハウスの家具を作ることを決意します。当時バウハウスを危険な思想として取り締まっていた東ドイツから、民主主義国家の西ドイツへと命がけで亡命を果たし、田舎町ローウェンホルデで家具を製造していたTECTA社を譲り受けます。
その後、マルセル・ブロイヤーや、ヴァルター・グロピウスなど、世界中に亡命していたバウハウスの教授陣に直接コンタクトを取り、ライセンスを譲り受けることに成功したブロッホイザーは、今日ではバウハウスの正式な継承者として、TECTA社を率いています。

TECTAに恋するアクタス、果たしてその理由とは。

1972年に設立されたTECTA社は、バウハウスのデザイン哲学を今日まで継承している稀有な家具メーカーです。アクタスとのお付き合いは1984年からですので、同じくドイツのシステムキッチンPOGGENPOHL(ポーゲンポール)と並んで最も長くいい関係が続いているヨーロッパブランドです。
「バウハウス、最後の目撃者」と呼ばれるTECTAの創業者、アクセル・ブロッホイザー氏は旧東ドイツの出身。あることがきっかけでバウハウスから生み出されたプロダクトが持つ完璧な美しさに魅了され、傾倒していった若きブロッホイザー青年。しかし、社会主義体制当時の東ドイツ政府は、バウハウスの思想を危険な個人主義とみなしていたため、父親が経営する家具工場を没収されてしまいます。でもそんなことでは「バウハウスの家具を普及させたい」という彼の熱い思いは消えず、27歳のときに東ドイツから西ドイツに亡命までしてTECTAを設立。その情熱のまま、バウハウスの教授たちがデザインした家具の著作権を持つ親族を探し出しては会いに行って権利を譲り受け、次々に復刻していきました。
今では20世紀のモダンデザインの文脈でTECTAが果たしてきた功績から、正統なバウハウスの後継者であることが認められていますが、そんなニッチ過ぎる家具を日本のお客様に買っていただくにはかなりの時間を要しました。(苦笑)

17年目に一気にブレイク!

正直に言いますと、TECTAの家具の取り扱いが始まってから2001年までの17年間、毎年の発注額は微々たるものでした。状況を急変させるきっかけになったのが、2001年8月に開催した「バウハウスの名作家具展」です。その1ヵ月の売上額は前年比600%! この結果が生まれた要因を挙げるなら、「多くの人にTECTAのすべてを知っていただきたい!」というアクタスのスタッフ全員のパワーが結集したことだったと思います。バウハウスとTECTAの社内研修(なんと3時間)を全社員一人残らず受けてもらったり、バウハウスの貴重なオリジナル椅子をお借りするためにドイツまで行ったり、フェア 会場の床には鉄板を敷き詰めてバウハウスのストイックなイメージを演出し たり、30誌以 上の編集部へのメディアキャラバンを徹底したりと、すべての活動が連携していました。ちなみにフェア終了後も順調のままで、その年の売上額は前年比230%だったのです。

まずは社員をファンにすることから。

facebookもInstagramもまだなかった時代、TECTAの家具を買っていただくために、いわゆるイノベーター的な人にリーチするのは相当骨の折れることだと考えていましたので、TECTAを広めるためにしたことは、まずは社内にバウハウス好き、というよりTECTA好きを増やすことでした。例えば、社内研修ではアクセル・ブロッホイザー社長のキャラクターに触れることから始めました。
旧東ドイツからの亡命者であること。生涯独身(現在74歳)で黒猫のカールヒェンと二人暮らしであること。着る服は幅50cmのワードローブに収まる数で済ませる合理主義者であること。フランス語しか話せないジ ャン・ プルーヴェにジェスチャーで直談判して、有名なリクライニングチェアの製造権を獲得するという離れ業を成し遂げたこと。膨大なバウハウス作品の収集に私財を投じ、ついに敷地内にミュージアムまで作ってしまったこと。心なき地権者に田園地帯の景観を乱されないために会社の窓から見えるすべての土地を買い占めてしまったこと。(長距離の飛行機が嫌いで、ドイツに行かないと会えないことも)など、その美意識の高さ故の無我夢中の行動のおかげで、魅力的で伝説的なキャラクターとなってスタッフの記憶に深く深く刻まれました。
前述の「バウハウスの名作家具展」で得たTECTAの 売上額は非常に好調でしたが、このなかには社員が自分のために購入したものも含まれています。一連の活動を通じてファンになった社員がその後もTECTA製品の販売に熱を傾け続け、その後は、リーマンショック後と消費増税の翌年以外はずっと右肩上がりの成長を遂げています。それにしてもTECTA社は文句も一切言わずに、他社に販売権も渡さず、よく17年もアクタスといい関係を保ってくれていたと思います。(Danke schön!)

いよいよバウハウス開校100周年!

アクタスの社員にとっても会社にとっても、もはやバウハウスとTECTAは並々ならぬ存在として根付いているのですが、そのバウハウスが2019年に開校100周年を迎えることから、アクタスとしてもTECTAのブランドプレゼンスをさらに高めるための新たなプロジェクトを始動することに。そのひとつが「TECTA BAR in TOKYO」です。
アクタスには、部署の垣根を超えて重要なカテゴリーを成長させるためのチームがあります。そのひとつがヨーロッパブランド推進チームです。チームは検討の結果、「TECTA BAR in TOKYO」の場として、数々の文豪から愛された、御茶ノ水の「山の上ホテル」を選びま し た。そして2017年2月20日、「山の上ホテル」の1階ロビーの家具をすべてTECTA社から届いたバウハウスの名作家具に入れ替えて、一晩だけのバーがオープンしました。その会場風景と、ドイツから発送したご招待状がこの写真です。

御茶ノ水駅のほど近く、明治大学の急な斜面をのぼった先に閑雅に佇む「山の上ホテル」は、川端康成や池波正太郎、山口瞳などの昭和の文豪たちの定宿として愛されたホテルです。建物自体は昭和12年に建築家ウィリアム・ヴォーリズが設計した洋館を昭和29年に創業者・吉田俊男氏によってホテルに用途変更され、100年近い歴史を誇ります。

そして、ついにはバウハウスデザインツアーも!

2019年はアクタスが50周年を迎えるという節目の年でした。しかもその年はバウハウスが100周年を迎えるという奇跡のダブルスコアに気づいたとき、私たちはTECTAを通じてバウハウスを日本に少しずつ紹介してきた数少ない立場にあるものとして何をすべきかを考えました。
今までやったことがないことで、アクタスだからできることが条件です。そんな折、ドイツ国内ではバウハウス100周年事業として、デッサウ校舎近くにバウハウスミュージアムが新設されることや、既存の関連施設も軒並みリニューアルすることを知りました。
「これはもう行くしかない!(自分も行きたい!)」 、 「デザインが大好きなお客様と一緒に行こう!」と、あっという間にデザインツアーの概要が整い、アクタスが旅行代理業のドメインを取得しておいたのがこの日のためだったのではという興奮も重なって、バウハウスデザインツアーは実施決定と相成ったのでした。(正式には旅行代理店に依頼)
ベルリンからデッサウを経て、そしてデザインフリークの最終目的地であるTECTAを巡る5日間の旅。その申し込み枠は、募集スタートからすぐに SOLD OUT。オシャレなTECTAの本社、工場、ミュージアム、ご近所からは魔女の館と呼ばれているブロッホイザー氏の自宅見学まで盛り込まれた、一般のパックプランでは不可能なツアーに参加した皆様は非常にご満足されたようで、ツアーパート2のリクエストもいただくほどでした。(本当は2020年秋にも実施予定でしたが、コロナウィルスの影響であえなく断念)

40年前、5脚の椅子の発注から取引が始まったドイツのニッチなブランドTECTA。このブランドの、小さいながらも強く鋭い光に数人の社員が魅了され、その光に他の社員もどんどん巻き込まれて、まるで自分のことのようにTECTAを語りはじめてからTECTAはアクタスにはなくてはならないブランドに成長しました。 きっと「TECTA BAR」や「バウハウスツアー」のことも語り続けてくれると思います。社員に愛されなければ、ブランドも事業も成功はしない。そのブランドを世の中に広めたいという熱量の高さ。アクタスという会社は、そんな社員一人一人の純粋な思いに常に支えられてきたのです。

最後に、TECTAのロングセラー、M21テーブルをご紹介致します。 天板のデザインはアトリエ・ジャン・プルーヴェです。フランス人建築家のジャン・プルーヴェは、家具や建築などで活躍した人で、ブロッホイザー氏がバウハウスとともに敬愛する存在。ブロッホイザー氏は晩年のプルーヴェと親交を持ち、彼の死後、天板だけをデザインしたままになっていたテーブルをこの「M21」として実現しました。有機的なカーブを描く天板は、座る人数を限定することなく、微妙な視線のズレによって心理的な圧迫を感じさせません。